12.消えゆく影














心と身体はうらはら。
あんなに望んでいたはずなのに、
身体を繋げば繋ぐほど、心はどこか遠くへあるような気がして。
気が付くと僕はいつも
肩越しに君の幻を追いかけているんだ……。









「……よっ! アレン!
 どうしたさぁ〜ボーッとしちまって」
「あ……ラビ……」



背後からかかる仲間の声に、
僕ははっとして意識を戻した。



「任務の後でほっとしてるのはわかるけどサ、
 夜更かしも程ほどにしとかなきゃ、呆けちまうわさ」
「よっ、夜更かしって……!」



夕べは久しぶりに神田が任務から帰って来て、
嬉しさも手伝って夜通し神田の部屋で過ごした。
今回の任務はお互いに無傷だったから、
互いに気兼ねなく抱き合った……はずなのに……。



「なんだぁ? ユウと喧嘩でもしたさ?
 ……って、そういう雰囲気でもないかぁ。
 ということは、頑張りすぎてエネルギー全部使っちまったとか?」
「ラ、ラビっ!
 そ、そんな露骨なこと言わないでください.。
 別に神田と喧嘩なんかしてません。
 ただ……」
「……ただ、なんさ?」



神田の気持ちが良くわからないだけ。
本当に僕を好きでいてくれるのか。
いや、少なくても自分を好きでいてくれるのは間違いないだろう。
あの神田が好きでもない相手を抱くはずも無い。


だが、あのマテールでの戦いで致命傷を負いながら
神田が言った言葉。



『死ぬわけにはいかねぇんだよ……あの人に会うまでは……』



……あの人……
その言葉が頭の中をくるぐると駆け巡る。
あの人とは誰なのか。
大事な肉親?
……それとも……。



「神田が一番好きな人って……誰なんだろうなって……」



僕のその言葉を聞いて、はじめはあっけにとられた様子のラビだったが、
そのうち、面白そうにお腹を抱えて笑い出した。



「そんな、笑うなんてひどいですよっ!」
「アハハハハ……って、わりぃ、わりぃ……。
 けど、マジでそんなこと考えてるさぁ?」
「僕は至って真面目ですけど……」



僕がいじけた表情を見せると、ラビはそんな僕の頭を軽く撫でて
微笑んだ。



「大丈夫さぁ。
 ユウと一番長い付き合いの俺が言うんだから間違いない。
 ユウが一番好きなのは、間違いなくアレンさ!」
「……ほ、ホントに?」
「ああ、間違いない!
 もし、どうしても不安なら、本人に正直に聞いてみるといいさ」
「……う、うん……」



優しい兄のようなラビにそう太鼓判をおおされると
それが嘘でもホントのような気がして、何となく嬉しい。
けど、それが神田本人に聞けるなら
こんなに苦労はしない訳で……。








その夜、僕はまた性懲りも無く神田の部屋へとやって来ていた。
神田は任務を終えて帰ってくると、
いつも乱暴に僕を抱く。
その証拠に、夕べの情事のせいで今日の僕の体調は最悪で。
体中痛いわ、お腹の調子は悪いわで、それはもう大変なのだけど、
それならどうしてまた今日ここにいるかと突っ込まれてしまうと、
それはそれで言い訳の仕様が無い。


要は神田が好きで好きで堪らないから。
どうせすぐに任務で離れ離れになってしまうのだら、
少しでも一緒にいたいなどという、実に乙女チックな理由だったりする。


神田はというと、休みだというのに鍛錬を欠かさず、
食事の後に2時間ばかり外で何かしてきたらしく、
帰って来て直ぐにシャワーを浴びて、今ここ……僕の隣にいる。



「……昨日はちっと無理しすぎちまった。
 お前、身体の方は大丈夫か?」
「え? ええ……ちょっときつかったですけど、
 けどもう、だいぶいいです……」



神田が僕の身体を気遣ってくれるなんて、
やっぱり嬉しい。
けど、本当に気遣ってくれているのなら、
おそらくここまでで今日の夜は終わりになるはずであって……。



「……そうか……なら、少しぐらいなら構わねぇな……」
「えっ?って、か、神田? ……ふっ……うっんっ……」



いきなり唇を塞がれる。
この部屋を訪れた時点で、こうなることはわかりきっていたが、
それでもたまにはのんびり互いの話をし合う……
なんてことを、ちょっぴりは期待していたわけで。


身体を繋ぐ関係になってからは、
互いの部屋を訪れれば必ずこういうことになってしまう。
本当は僕のことを好きと言うより、こういう行為自体が目的じゃないのか?
などと、少し恨めしい気持ちになってしまう。



「……どうした? 何だか、心ここにあらずってカンジだな?」
「いっ、いえ、そんなことありません!
 ……ただ……」
「ただ、何だ?」
「たまにはのんびりお互いのことを語り合ったりしたいなぁ〜なんて……」
「……はぁ? 馬鹿か? お前」
「ばっ、馬鹿って、ひどいじゃないですかっ!
 馬鹿って言う言葉は、言った方が馬鹿なんだって、
 昔偉い人がいってたって、マナに教わりましたよっ!」
「はっ、そうかっ。 そりゃお前にとっちゃ、マナって奴の言ったことが
 全部正しいんだろうからなっ!」



売り言葉に買い言葉。
僕がマナと言う言葉を口にするたび、神田の機嫌はマックスに悪くなる。


あれ? それって……もしかして……??



「ねぇ……神田…… ひょっとして、妬いてます?」



僕がその言葉を口にした途端、
神田の顔が真っ赤になる。
ああ……そうか……。
この人はこういうわかりにくい人なんだった。


そう思った途端、何となく今まで曇っていた気持ちが
少しずつ晴れてくるのがわかる。



「だいたいお前は、口を開けばマナ、マナって煩せぇんだよ。
 一緒に寝てりゃ、寝言で口にするのはいつものその名前だ」
「じゃあ、神田は……いつも僕以外の誰のことを考えてるんですか?」
「……はぁ……?」



神田が訳がわからないといった様子で首をかしげる。



「俺がいつ、何処でお前以外のことを考えてたって言うんだ?
 任務に出てたって、お前がどうしてるかとか、またドジ踏んで
 大怪我してやしないかと頭悩ませてんだ!
 お前以外の奴のことを考えてる暇なんてありゃしねぇだろ!」
「……かんだ……」



確かにいつ何時戦いで命を落としてもおかしくない僕たちの任務。
神田が今何処で任務についているのか。
怪我なんかしていないか、いつも心配だ。
そんなことを考えているのが僕だけじゃないと解かって、
僕は嬉しさに瞳を潤ませた。



「僕はいつも不安なんです。
 神田が本当に僕のことを好きなのか。
 他の誰かのことが……僕より好きなんじゃないかって……」
「他の誰かなんて、いるわけねぇじゃねか」
「でもっ、その……キミに抱かれていると、
 キミが何処か遠くにいるような気がしちゃって、
 時々怖くなるんです……」
「はぁ……やっぱ、お前は馬鹿だ。
 いいか? 俺は此処にいる。
 何処にも行きやしねぇし、いつだってお前の傍にいる」
「神田っ……!」



神田にとってのあの人とは、僕にとってのマナの存在のようなものだと、
その後彼は話してくれた。
それは偉く簡単で、決して詳しいものではなかったけど、
それでもその一言だけで、僕の中にあったわだかまりのようなものが
一瞬にして払拭されてしまうのがわかった。


短い会話の後、どちらともなく交わす深い口付け。
息つく間もない激しいそれに、僕の思考能力がどんどん奪われていく。


全身に落とされる執拗な愛撫に軽い眩暈を覚えながら、
僕はどんどん快感の渦へと巻き込まれていく。



「……あっ……はぁっ……!」



神田が僕の中へと深く入り込んだ瞬間、
いつもその肩越しに見えるはずの彼の影が……今日は見えない……。



「おい……モヤシ……どこ見てやがる?」
「んっ……いいえっ……どこもっ……」
「……嘘つくな……お前はいつもこうして抱き合ってても、
 何処か遠くを見てやがんじゃねぇか。
 さっきも言ったはずだぞ?
 ……俺はココに居る! だから、俺だけ見てりゃいいんだ……」
「そ……う……ですよね……? うゎぁっ……はぁっ……」



一層深い所を突き上げられ、溜まらず僕は大きな嬌声を上げる。
確かに彼の言うとおりだった。
僕は今まで疑心暗鬼のなかで神田の幻を見ていたのかもしれない。


激しい快楽の中で、僕は徐々に意識を手放す。
そして白く薄れゆく意識の中で、
僕は確かに消え行くその影を、安らかな気持ちで見送っていた……。















「よう、アレン!
 あれ? 今日はやたら顔色がいいわさぁ〜」
「ええ……お蔭様で……」
「で、どうよ? ユウとはちゃんと話し合えた?」
「はい。 夕べ、ちゃんと……」
「そっか……じゃあ、アレンを悩ませていた影とは、
 ちゃんとおさらばできたわけさ」
「え? どうしてそれを……」



恋とは人を不安にさせる。
それが本気であればあるほど、その影は人を悩ませる。
心が通じ身体を繋いでも、
今度はもっとその先まで、相手を自分のものにしたくなる。
もっと……もっと……と、それは限りなくつづいてゆく。



「本気で恋したことのある奴は、必ずその影に悩まされるんだと。
 これはブックマンの常識さぁ……」



影に囚われ、自分を見失い、結果相手よりもその影を信じてしまう者。
不安になるのが嫌で、嫉妬の炎に駆られる醜い自分を見るのが嫌で、
自分から逃げ出してしまうもの。


恋なんていつもそう。
醜くて、切なくて、そして苦しい。



「……けど、僕は神田を信じることにしました。
 だからもう……迷わない……」
「へぇ〜、なんかアレンが眩しいさぁ……!」



苦しさに逃げ出してしまっても、その果てに待ち受けるのは更なる苦しみだけ。
それはマナを失った時に犯した過ちで、嫌というほど学ばせてもらった。
だからもう……僕は逃げない。
そう決めた。









たとえこの先に待ち受けているのが、
どんなに過酷な運命だったとしても……。






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<あとがき>
う〜ん、暗いんだか、ハッピーエンド何だか、良くわからない展開になってしまいました(-"-;)
ごめんなさぁ〜い;
まぁ、結局はこの二人はラブラブって事なんですけどね?!v


さて、これから私は5月のオンリーに向けての新刊作りに取り掛かります!
今度はバリバリの三角関係!!
ドロドロさせます。ハラハラさせます!
もちエッチあり★
5月にイベントでお会いできる方、楽しみにお待ちになっていてくださいねvv